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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)605号 決定

第五七〇号事件抗告人・第六〇五号事件相手方 下出誠 外一名

第六〇五号事件抗告人・第五七〇号事件相手方 大熊秀雄

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人らが相手方に対し原決定添付目録(二)記載の建物を金三〇万三、六〇〇円、同目録(一)記載の土地に対する賃借権を金七二万四、四〇〇円をもつてそれぞれ譲渡することを命ずる。

抗告人らは相手方に対し、相手方が金一〇二万八、〇〇〇円を供託するのと引換えに前記建物を引渡し、かつ譲渡命令による所有権移転登記手続をせよ。

理由

抗告人らおよび相手方の各抗告の趣旨、理由は、いずれも別紙のとおりである。

当裁判所も相手方の原決定添付目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)および同目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)に対する賃借権の譲受を求める申立が適法のものであり、抗告人らから相手方に対し本件建物および本件土地に対する賃借権の譲渡を命ずべきものと判断するが、その理由は、当裁判所において後記のとおり訂正、変更した部分(原決定理由二、(二)(三))を除き原決定の理由説示と同一であるから、これを引用する。

抗告人らの抗告理由は、その趣旨が必ずしも明らかでないが、いずれも借地法の規定の誤解によるか、もしくは、原決定の違法事由と無関係のものと思料され、原審における審理の経過に照しても到底採用できない。ことに、抗告人らは本件建物所有権および本件土地に対する賃借権の譲渡をする意思がなく、これに反した原決定が違法である旨るる主張するけれども、賃借権の譲渡許可の申立に対し相手方の建物所有権および賃借権の譲受の申立が適法になされる限り借地権者はその意思いかんにかかわらず、賃貸人に対し建物所有権および土地賃借権の譲渡を余儀なくされることのあるのは借地法九条の二の規定のうえから明らかであつて、仮にこの結果を望まないとするならば賃借権の譲渡許可の申立を取下げるほかないものである。しかるに、抗告人らは原裁判所において譲渡許可の申立を取下げることなく、原決定があつて後当審においてその取下をしたが相手方の同意をえられなかつたものである。

相手方は原裁判所が認定した本件建物および本件土地の価格に誤りがあり、したがつて、本件建物価格および本件土地に対する賃借権の価格が不当である旨主張するけれども、原審における鑑定委員会の意見を不当とする資料は何もないから右主張は採用できないばかりでなく、本件土地の更地価格が鑑定意見でいう一平方米当り金二万二、〇〇〇円を超えるものであることは、相手方本人が原審における答弁書において自認しているところである。

ところで、原裁判所は、本件建物の価格を金三〇万三、六〇〇円、本件土地に対する賃借権の価格を金七二万四、四〇〇円としながら、本件建物について抗告人下出誠を債務者として申立外新宿南口事業協同組合のため債権元本極度額を金一〇〇万円とする根抵当権が設定され、昭和三九年二月七日その旨の登記を経由していることを理由に、抵当権が実行され本件建物の競売があつた場合にこれを競落して所有権を取得した第三者は本件土地に対する賃借権の譲渡許可を申立てることができることに鑑み、相手方は本件土地につき制限のない完全な所有権を回復するためには抵当権者に金一〇〇万円以上を支払わなければならないとして、本件建物の価格と本件土地に対する賃借権の価格の合計額から金一〇〇万円を控除した金額をもつて、本件建物所有権および本件土地に対する賃借権の譲渡価格としている。

しかしながら、記録によると右根抵当権については債権元本極度額のほかに日歩金四銭の遅延損害金の登記を経由しているのであるから、抵当権の実行を阻止するには相手方は民法三七四条二項の適用上損害金も負担しなければならない場合があるのみならず、抗告人下出誠の前記債務は抵当権の実行の方法によつてのみ消滅させられるものではなく、仮に、同抗告人が任意に債務の弁済をした場合には同抗告人と相手方との間で本件外で解決しなければならない複雑な法律関係を生じることは明らかである。建物および賃借権の譲渡を命じる裁判がたとえ非訟事件として行なわれるとしても、当該裁判を基礎に新たな法律上の紛争を生じさせることはできる限り避けるべきであり、非訟事件の裁判であつても、その裁判内容は一義的、明白であるべきであるから、当事者による任意の履行を求めるような手段を用いるべきではない。

相手方は、抗告人らが前記根抵当権の抹消登記を経由したうえで、本件建物所有権および本件土地に対する賃借権の譲渡をすべきことを求めているが、抗告人らにおいて前記根抵当権の抹消登記手続をすることは記録上ほとんど期待できないから、右のような方法を命じることは本件建物をめぐつて当事者間に新たな紛争を生じさせるにすぎない。

そこで、当裁判所は抗告人らに対し、相手方に前記価格合計金一〇二万八、〇〇〇円をもつて、根抵当権の負担のある本件建物所有権および本件土地に対する賃借権を譲渡することを命じ、民法五七七条によれば抵当権等の負担のある不動産の買主は滌除の手続を終えるまではその代金の支払を拒むことができるとされる一方、同法五七八条において、右の場合売主が買主に対して代金の供託を請求することができる旨規定されている趣旨を勘案し、相手方が右金額を供託するのと引換えに抗告人らに本件建物の引渡および譲渡命令による所有権移転登記手続をすることを命じ、原決定を右のとおり変更し、主文のとおり決定する。

(ちなみに、土地賃貸人は右供託手続完了のうえ本件建物に対する所有権移転登記を経由し、滌除を行ない、滌除にかかる金額(民法三八三条一号参照)を抵当権者に弁済または供託したときは、土地賃借人に対する前記金員の供託は原因が消滅したものとして(供託法八条二項)その全部または一部の取戻をすることができる一方、賃借人は自己の抵当債務を完済することによつて賃貸人の供託した建物および土地賃借権の対価の還付(供託法八条一項)を受けることができるし、また、供託にかかる金額が賃貸人の滌除によつて負担した金額を超えるときは、その超える部分の金額の還付をも受けることができるものと解される。なお、土地賃貸人が建物および土地賃借権の対価を供託しないときには、賃借人は抵当権の被担保債権を完済のうえ、右対価の支払請求をすることができる)。

(裁判官 桑原正憲 寺田治郎 浜秀和)

(別紙)

(抗告人 下出誠 下出久代)

抗告の趣旨

原決定を取消す旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 抗告人は本件建物を譲受予定者である京王建設株式会社に地主の借地権譲渡承諾を得ることを前提条件として相手方とも交渉したが、不成立の為め適法手続による賃借権譲渡許可申立をしたが、本件審理期間が長くこれが為め譲受予定者が地主の借地権譲渡承諾が得られないことを理由に建物売買予約契約が解除となつた今日本件建物を抗告人が売却する必要性がなくなり且つ、本件申立をする理由が存在しなくなつた。

二 原決定前の審問に際し、抗告人下出久代の意見を徴せず且つ抗告人下出誠が鑑定委員会の価額で建物及び借地権を譲渡する意思ない旨申述べたるにも不拘ず、抗告人の意思表示を無視した違法の決定である。

三 抗告人の正当な借地権の残存期間が一三年七月あり利用収益期間があるに不拘ず原決定は相手方に対し、本件建物及び借地権を代金二万八、〇〇〇円で売渡すことになれば抗告人は借地残存期間の賃貸収益額約七〇〇万円を抛棄することになり抵当債権者に対し二〇〇万円建物及び借地権の財産価額一五〇万円合計一〇五〇万円の抗告人私有財産が原決定に因り損害として発生する結果となる。

このことは抗告人の建物及び借地権譲渡意思なきことを無視し私有財産を侵害することで憲法違反である。

四 本件建物には下出誠を債務者訴外新宿南口事業協同組合を抵当権者債権元本極度額一〇〇万円の根抵当権設定登記があり現在二〇〇万円の被担保債権額があることを原決定二、(二)で認め乍ら相手方に対価支払義務と抗告人の建物引渡及び所有権移転登記の義務との同時履行をすべきことを命じているがかかる同時履行の裁判は違法である。

五 原決定は本件建物が訴外根抵当権者新宿南口事業協同組合の回答書に示しある代物弁済契約の事実認定に誤認がある。

(抗告人 大熊秀雄)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

下出誠、下出久代は別紙物件目録記載の建物に対する抵当権を抹消しかつその旨の登記手続をしたうえ、同建物を及び借地権を金四九二、〇〇〇円で売渡すこと。

手続費用は全部相手方の負担とする。

との決定を求める。

抗告の理由

一 浦和地方裁判所は昭和四五年六月二四日

「下出誠及び下出久代は、大熊秀雄に対し、別紙物件目録記載の建物及び借地権を代金二万八千円で売渡すことを命ずる。

下出誠、下出久代は大熊秀雄に対し、同人から前項の金員の支払を受けるのと引換に右建物の引渡及び所有権移転登記手続をなし、大熊秀雄は右建物の引渡及び所有権移転登記手続の履行と引換に下出誠及び下出久代に対し右代金二万八千円の支払をせよ。」

との決定の言渡をした。

二 ところで右決定はその理由中の一項(五)において「本件土地、建物は川口駅北東約三粁の地点に所在し、近隣は交通面に難点が認められるが、区画整理済みであり、道路条件も良く(もつとも本件土地自体については必ずしも良くないが)居住環境良好で建売、小住宅、共同住宅が近年時に増加している地域であり、本件建物は昭和三七年八月の建築にかかる低品等の共同住宅で経過年数は比較的短いが管理不良のため損傷老朽化も甚だしく、昭年四三年一月から空屋になつている。」との事実を認定したうえ、第二項(一)において、

本件借地権の価格を金七二四、四〇〇円、本件建物の価格金三〇三、六〇〇円とするのが相当であるとしている。そして、本件建物に設定された抵当権の被担保債権が金一〇〇万円存在するので、右建物と借地権の価格の合計金一〇二万八、〇〇〇円から被担保債権額金一〇〇万円を控除した残額金二八、〇〇〇円をもつて、本件借地権及び建物の譲渡価格とした。

三 しかし、本件土地、建物は以下述べるとおり、原審が認定したような高額のものではなくこの認定は不当である。

(一) 即ち、本件における鑑定は本件土地の更地価額を一平方メートル当り金二二、〇〇〇円(一坪当り金七二、六〇〇円)と鑑定しているが、本件土地の近辺でこのように不当に高い価額の土地は存在していない。本件土地の近辺で公道に面する土地の更地価額が現在平方メートル当り金一五、四〇〇円位(一坪当り約金五万円位)である。本件土地は公道から私道を経て約一〇m位奥地に入る土地であるがため、一平方メートル当り金一二、一〇〇円位(坪当り金四万円位)が相場とされている。

申立人が昭和四四年一一月頃本件土地の反対部分を売ろうとした際、不動産屋は坪当り金三八、〇〇〇円位なら買い手があるとの話しをされたこともあり、本件土地附近の更地価額が坪当り金三万ないし四万円位であることは、周知の事実である。

(二) 又、鑑定書は、本件土地は、少地積で市場性に富むため、高価格売買が可能の如き見方をしているが、事実は決してそうでない。本件土地の地積は二〇坪五合とされているが、そのうち三坪五合は私道敷として使用されているもので、実用面積は一七坪である。そして、本件土地に対する建物の建ペイ率は六割であるため、建物の床面積は四坪八合位になるため、一家族が住むに適当な家は建てられない状態である。

(三) 鑑定書は、本件土地附近の条件としては、道路条件が良いというけれど本件土地は、他の土地を通行しなければ、公道に至れない袋地であつて、道路状況は悪るい。又、鑑定書は、私道が確保されているけれども、事実上の通行を黙認している程度のもので、建築線が指定されているものではない。

(四) 建物の価額について、

鑑定書は、建物修正価額一平方メートル当り金三、七五〇円(一坪当り金一二、三七五円)と査定している。しかし、鑑定書の参考事項中にも記載されている通り、本件建物は、古材木など用いて建築した建物であつたうえ、アパートとして他人が使用していたため、補修、修繕は行われたこともなく、その損傷はいちぢるしいばかりでなく、建物自体は完全に朽廃している。

従つて、本件建物を補修、改築して住家にすることは、経済的にも、物理的にも不可能の状態で、建物の概念を脱している。このような状態であるため、本件建物に住んでいた住人は居住に堪え得ないので退去し、現在は空屋になつている。近所の住人からも本件建物は倒壊の危険もあるので、早急に取毀してほしい苦情が殺到している状態である。

以上の次第で本件建物は現状では勿論、大改築をしてもその使用に供することは無理である。

このような建物を一平方メートル当り金三、七五〇円(坪当り金一二、三七五円)と鑑定したことは全つたく不当である。逆に本件建物を取毀して処分するには、一平方メートル当り金四、〇〇〇円程度の費用を必要とするものである。

(五) 結論として、

(1)  本件土地の一坪当りの更地価額は金四万円が相当であり、本件土地二〇坪五合の売買価額は金八二万円が相当である。

(2)  更地価額の六割を借地権価額と見積ることは本件土地の所在地等から相当と思われるので、借地権価額は、一坪当り金二四、〇〇〇円、合計金四九二、〇〇〇円と見積ることが相当である。

(3)  建物の価額は零とみるのが相当である。

従つて、申立人が相手方等から買取る借地権価額は金四九二、〇〇〇円が相当である。

原決定は鑑定のとおり事実を認定しているので極めて不当なものといわねばならない。

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